2013/02/05

「会田誠展:天才でごめんなさい」森美術館

 現在、六本木の森美術館で開催されている会田誠展(2012年11月17日から2013年3月31日まで)は非常に充実した内容のものだった(図録が買えなかったため以下の内容は図録所収の論文などは踏まえられていない)。有名な「戦争画RETURNS」シリーズ一つを取っても絵画的強度に溢れていることが実感できた。会田誠の特質は、卓越したテクニックとヴァラエティ豊かなアイディア、それを可能にするヴァイタリティ、そしてギリギリのユーモアにある。そしてこれらを最もよく示しているのが少女をテーマとした作品群である。
 会田は、ローティーンの少女たちへの性的欲望、また同時に彼女たちを人格の無いモノとみなす視線をあからさまに提示する。その表現の強度は、ロリコン的表現が芸術たりえるのかといった見せかけかつありがちなテーマを軽く吹き飛ばしてしまう。重要なのは芸術かどうかではなく、そうした自己の欲望や視線に対してどう対峙するかという倫理の問題であり、そのようなものを抱えつつ如何に生きるのかという生存の問題である。
 会田の描く少女たちは、会田の欲望の所在を示すが、一方で彼女たちはその欲望を安易に肯定するような装置ではなく、何らかの過剰さや不気味さを伴っている。少女たちは四肢を分断されたり、食用にされたり、増殖したり、ミキサーにかけられたり、銃撃されて花と散ったりする。この過剰さや不気味さ(それはギリギリのユーモアによっている)が、会田自身の、あるいは観者の欲望に如何に揺さぶりをかけるかが、会田の表現の射程であり、賭けでもある。同時にそれは露悪的にしか可能でない点に困難がある。だからどこかの団体が会田の少女像を糾弾したことも、それはそれで正しい反応と言える。もしその抗議が真摯なものであるのならば、彼らの内の誰かは自己の欲望の在り様を揺さぶられたはずである。強度を帯びた表現は毒にも薬にもなる。
 別の言い方をすれば、会田は自身の表現に一定の批評的視線を持っている。それは児童画をシュミレートしたシリーズの中の「わだばバルチュスになる」や「宮崎君が狙っている」(記憶による引用なので正確ではないかもしれない)といった言葉に明らかである。バルテュスのエロティックな少女像もまたある種の不穏さに満ちているが、会田のものと比べればいわば「芸術的」であり、美しい。そのため逆に受け手の欲望を安易に肯定してしまう側面もある(勿論、これは相対的な程度の問題だが)。たとえば完全に「芸術的」で美しく、性的なものを排除した少女のイメージは、それ故にこそ逆に、それを美として受容する側の欲望の所在を隠匿してしまうだろう(たとえばジョック・スタージスによる完璧なまでに美しい少女のポートレイト)。「わだばバルチュスになる」は、その児童画の模倣というスタイル自体が「芸術」への批評だが、勿論「わだばゴッホになる」と述べた棟方志功という「芸術」への批評であると同時に、バルテュスの少女像という「芸術」への批評でもある(既述のようにそれは「芸術」の問題ではなく、本来は倫理と生存の問題である)。一つ目の側面が最も平凡なものであり、三つ目の側面が最も重要である。
 また「宮崎君が狙っている」の宮崎君とは勿論、1988年から89年にかけて起こった幼女連続殺人事件の犯人、宮崎勤のことである。会田自身、別の作品のキャプションで宮崎勤の事件とのシンクロニティを認めていることは興味深い。この事件について詳しく述べることはここではしないが(宮崎事件への同時代の反応としては『Mの世代:ぼくらとミヤザキ君』[太田出版、1989年]が参考になる)、結論だけ言えば、会田の少女像は、戦後日本に勃興したおたく文化が80年代末に辿り着いた一つの隘路と時代的な接点を持っており、それは会田誠を評価する上でおそらく非常に重要だということである。たとえば会田の、巨大なゴキブリが少女を犯す作品は、ほぼ同じテーマを、おたく的表現の創始者の一人である吾妻ひでおの作品に見出すことができる(『夜の帳の中で』[チクマ秀版社、2006年]所収の「鎖」を参照)。この問題については大塚英志の諸著作が参考になる(たとえば『おたくの精神史』[講談社、2004年])。
 そもそも戦後日本の視覚文化を考える上で、少女のイメージは最も興味深く、重要なものの一つである。このことは「戦争画RETURNS」の日本国旗を持った少女像において鮮やかかつ象徴的に示されている。だからこそ会田誠の少女像には臆せず対峙する必要があるだろう。
 

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